少数派を尊重するためにー集団生活とのバランスー
突然ですが、消防士採用試験以外の試験で面白い論題を見つけたので解答してみようと思います。
出題元は「横浜市公立教員採用小学校枠(令和7年度実施)」です。
論題はこちら
「学校では、多数決などで意志決定を行ったり、「普通はこうする」というルールに基づいたりなど、意図するとしないとにかかわらず、多数派が尊重される一方で、少数派が埋没してしまう状況が生じることがあります。あなたは学級担任として、教科の授業や学級活動において、少数派を尊重するために、どのような取組をしたいと考えるか、具体的に述べなさい。(800 字以内)」
です。
少々論題が長いですが、シンプルに言い換えるなら
「少数派を尊重するためにあなたはどうするか」
です。
消防士など志望先の事情を絡めた上で解答しなければならない論題よりも、私はこのような思考力と表現力のみを単純に問う論題には大変好感が持てます。
今回は小学校教師の採用試験の論題ということですが、私は教員免許を持っていないどころか児童に物事を教えたこともありません。
なので今回の解答例はあくまで素人の一意見として参考にして頂ければと思います。
<解答例>
私は少数派を尊重するために、その少数派の意見を聞く時間を十分に設ける取り組みを行いたい。具体的には、なぜそのような意見を持ったのか、どのような根拠や理由があるのか多数派の者がいる中で詳しく聞くのである。これは少数派を問い詰めたり、ねじ伏せようとするためではない。多数派の者にもその意見を聞いてもらうことで考えが変わる可能性に賭けているのである。例えば多数派の中で周りの意見に流されて自分の意見が言えない者や、また悪気無く多数派の意見を常識と思い込んでしまっている者がいるかもしれない。そのような彼らにもう一度考え、議論する機会を与えることで多数派の意見に変化が現れ、活発な意思決定が行えるようになれば理想であると私は考えている。
ただ、少数派の意見があれば何でもかんでもくみ取るべきであるとは一概には言えない。集団生活の中で自分の意見を抑えてでも周囲の動きに合わせる協調性もまた学校生活では重要であるからだ。そのことを生徒たちに知ってもらうためにも、上で述べた少数意見を踏まえた再度の議論にてやはり元々の多数派が有利な状況に変化が現れなければ私は迷わず多数派の意見を採用するべきであると考える。このような状況になった場合、結果からすれば少数派を見捨てたのではないかと思われるかもしれない。しかし私が意図しているのは2つある。1つは少数派でも意見を言っていいという心理的な安全性を確保すること、もう1つは意見を持たず多数派の中で埋もれている者に自分で考えを持ったうえで議論に参加してもらうということである。このことを通じて、クラスの全員が常に自分の意見をもって物事にあたれるよう成長をサポートできれば幸いであると考えている。
<解説編>
今回の論題を回答するにあたってのポイントは
「少数派の尊重と集団生活を維持するバランス」
だと思っています。
学校は集団生活の場です。そこで仮に少数派を逐一尊重していては集団生活における意思決定のスピードが鈍るのも確かです。しかし、少数派であっても一意見を持っていることは事実であり、そこでどうバランスを取っていくのかが今回の論題で問われているポイントだと思っています。
私が今回注目したのは多数派の中に埋もれる
「流されている人」
と
「悪気はなく多数派が正解だと思い込んでいる人」
です。
両者に共通しているのは「意見を持たないこと」です。
本文に述べた通りこの人たちが少数派の意見を具体的に聞くことで自分の考えを持った場合、多数派と少数派の勢力図が変わる可能性があると私は考えたわけです。
これが私の取り組みの狙いであり、一見多数派に見える勢力が本当に多数派の意見なのか確認する意図を持たせました。
繰り返しになりますが、私は教員免許を持っているわけでも児童への指導経験があるわけでもありません。しかし、このような取り組みを通じて児童たちが集団生活内での合意形成のプロセスや自分の意見を安心して発信できる環境に触れさせることができればそれは一種の財産になるのではないかと思っています。
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