【名古屋市消防局H17年度大卒程度】非常時において優先すべきは私情か組織か
名古屋市消防局H17年度大卒程度
近時発生した鉄道事故(※)において、事故列車に乗客として乗り合わせた運転士が救助活動を行わず出勤し、「職務より救助を優先すべきである」との考えから非難を受けた。しかしこれを消防職員の職務に当てはめた場合、大規模な災害には消防体制を増強することがもとめられることから、「目の前の救助より職務を優先し、迅速に所属部署へ参集すべきであるとも考え得る。こうした二つの考え方を踏まえ、このような状況下において消防職員として取るべき行動についてあなたの考えを述べなさい。」
の解答例、解説編になります。まずはヒント編を読み、論文を書く練習をしてみてください。
※2005年4月に発生したJR福知山線脱線事故のことと思われます。死者107名、負傷者562名発生。
<ヒント編>
1:論題分析「私情か組織か」
長い論題ですが、要は
「非常時において選ぶのは私情か組織か」
ということです。私としては小論文には受験生の数だけ解答例があるというのが考えなのですが、今回の論題には明確な解答が無いようで実際はどちらかの一択になっている
「消防士になるにあたっての適性検査」
的な問題である珍しい出題パターンです。
すなわちこの段階では答えは述べませんが、どちらか間違った方を選んで回答した時点で消防士としての適性が無いとみなされ不合格にされる可能性を持った出題といえます。
「私情か組織」どちらを選ぶべきか、解答例を見る前にご自身でじっくり考えてみてください。
2:構成
どちらを選んで記述するか決まったら、構成を練ります。
ただ難しく考える必要は無くシンプルに
「自分が選んだもの」
「その理由」
「消防職員として自分はどう働いていくか」(これは無理に書かなくてもOK。おまけ程度に。)
これで問題ありません。
一番に書くべきことは今回の論題になっている
「私情か組織か」に対する自分の考えを述べること
です。
近年の消防事情やニュースそれらに対する自分の知識等、問いへの答えから外れることは書いてはいけません。
あくまで「自分の考え➡理由」の順番になるよう論を進めていきましょう。
<解答例>
このような状況において消防職員が取るべき行動は職場への参集であると私は考えている。理由としては消防の救助活動はチームでの行動を前提としているからだ。チームの中の各々が役割を与えられ、情報共有の徹底と明確な指揮系統の下でその役割に沿って二次災害を引き起こさないよう安全に人命救助を行うことが求められているのである。よって論題のような状況で仮に消防職員が個人の判断で勝手に救助活動を行う事は二次災害のリスクを伴う行為であると共に、消防体制増強の阻害となる行為であると私は考える。
また、論題にある鉄道事故では死者約100名、怪我人約500名と大規模な事故であった。このようなケースこそ個人で対応せず組織の力を持って対応すべき事案である。つまり、対応策としては警察やDMATと連携したトリアージに基づく効率的な救助方法が求められている。もし仮にその場で出勤途中の消防職員が居合わせた場合であっても、何も装備を持たない個人の力では到底太刀打ちできない事案であると私は考える。
このことから論題のような状況に直面した際、消防士としてはまず組織を優先して動くべきであると私は考える。私は福島県双葉郡消防本部による東日本大震災後の活動を記録したルポを読んだことがある。その消防本部は管轄エリア内に福島原子力発電所を抱えている本部である。所属する約120名の消防士達が大地震、津波、原子力災害と3つの大災害を受けながらも、自身の家族の安否や要救助者の捜索よりも消防組織としての活動を優先する姿が忠実に記述されていた。どこにいたとしても大災害が発生すれば家庭よりも消防組織を優先しなければならないし、原発が爆発したことで退避の命令が発出されれば要救助者の捜索を打ち切ってでも撤退しなければならないのである。葛藤や苦悩とも戦いながら組織や命令に忠実に活動する消防士たちの姿があった。
私はこのルポを読んだことで、消防士として求められるのは徹底して私情を捨て、いかに組織や命令に対して忠実に動く事ができるかということだと考えた。そして、私情を捨て去ってでも組織や命令に忠実でいるためには職場内での日頃からの信頼関係の構築やコミュニケーションの積み重ね、そして家族に理解してもらうことであるとも考えた。今後、消防士として勤めることになった際は常に仲間や上司との信頼関係やコミュニケーションの積み重ねを大切に、また家族にも理解を得てもらい、非常時には消防組織の一員として市民や街を守る力となれるよう働いていきたい。
<解説編>
1:構成
1段落目「問いへの回答(職場への参集を優先するべき)」
2・3段落目「そのように考える理由」
4段落目「どのように消防士として働いていきたいか(私情を捨てる・信頼関係やコミュニケーション構築・家族の理解)」
の構成となっています。
2:『孤塁 双葉郡消防士たちの3.11』
本文3段落目に述べられているルポについてですが、タイトルは
『孤塁 双葉郡消防士たちの3.11』(吉田千亜 著)
という本です。
内容としては、福島県双葉郡を管轄している双葉消防本部の職員約120名が東日本大震災直後からどのように災害対応にあたったか忠実に記されているものになります。
本文でも述べましたが地震、津波、原子力災害の3つの大災害を受け、食事、睡眠、休憩もままならない状態で3月16日まで市民や町のために奔走した消防士たちの姿を見て取ることができます。
一連の活動の中で様々な葛藤や苦悩を抱えながら任務にあたる姿は今回の論題のような非常事態における消防士としての働き方や心構えを十分すぎるほど学ぶことができます。
印象的な部分を3つほど紹介したいと思います。
―その➀-
「津波被害を受けた住民たちは町役場や小学校などの体育館に避難していた。避難所からも救急要請が来る。
―略―
高齢者を中心に血圧が200を超えている人も何人かいた。
―略―
津波被害を受けた場所での救助活動には一刻の猶予もない。
富樫は言った。
『みなさん、今は本当に申し訳ないけど、請戸の津波で要救助者がたくさん待っています。私たちは、今は、そちらに行かなくてはならない。いいでしょうか』
体育館はしんとなる。
しばらくして『よろしくお願いします』『お願いします』と声があがった。」
(『孤塁 双葉郡消防士たちの3.11』(吉田千亜 著)p28-p29 )
―その②-
「11日は長男の中学校の卒業式だった。
―略―
入院中の義父に卒業証書を見せに向かう途中で地震にあった。すぐに自宅に引き返し、道路状況が悪いため娘の自転車で浪江消防署に向かったのだが、『こういう時に消防士は家族を守れないんだな……』と渡邉は感じていた。」
(『孤塁 双葉郡消防士たちの3.11』(吉田千亜 著)p54)
―その③-
「遺体は高線量被ばくをしてしまっていた。一号機が爆発する前からそこに残されていたのだ。
―略―
あの時、原発事故が起きず、避難活動や広報活動がなく、津波被害を受けた地域住民の救出活動に専念できていたら、助けられた命がたくさんあったのではないか、そんな風に思っていた。
―略―
逃げることのほうが優先され、そしてそれは、地域の住民の命を守りたい、助けたいと思い続けてきた消防士らにとって苦渋の選択だった。」
(『孤塁 双葉郡消防士たちの3.11』(吉田千亜 著)p174-p175)
どうでしょうか。この3つの引用を見るだけでも非常事態において
消防士が私情よりも組織や命令を優先して活動しなければならない職業である
ことが十分理解できるはずです。
消防受験者には是非読んでいただきたい一冊です。こちらにアマゾンのリンクを貼っておきますのでチェックしてみてください。↓↓↓
3:「使命感―消防業務のモチベーション―」
今この記事を読まれている方はほとんどが消防受験生であるかと思われます。
上記の本の内容から分かることですが、消防士はいかに困難な状況下であっても災害対応はできて当たり前、住民の命を守れて当たり前と考えられていることです。
これはとくに間違った考え方ではなく、どこの消防本部でもこの理念を常に実現できるように普段から訓練を通じて災害に備えている組織です。
ここからが重要なのですが、東日本大震災のような非常事態下においてどれだけ住民を救助しようともその活動は表彰されるわけでも勲章を授与されるわけでも、インセンティブ(ノルマ達成等で給与にプラスアルファで支払われる報酬)が発生するわけでもありません。
公務員の給与は職級によって決まっており、変動することはめったにありません。
ただ、原発事故対応にあたった警視庁や地元警察、東京消防庁、自衛隊の隊員たちが外国で勲章を授与されたようですがこれは異例中の異例です。
普段の災害対応でも困難な事案はいくらでもあるかとは思われます。しかし、それらに十全に対応し救助に成功したとしても自分たちには目に見える形での利益や特典などは一切ないはずです。しいて言うのであれば後日に元気になった要救助者からお礼の言葉を頂くぐらいでしょう。
では何をもって消防業務を継続するモチベーションとするかというと、私としては
「使命感」
としか表現できないと思っています。一分一秒でも早く現場に到着し、必ず要救助者を助けるといった気持ちを持ち続けることが重要だと考えています。
ただ、この使命感が独り歩きしてしまうようでは消防士として半人前であり、必ず前提にしなければならないのが所属する消防組織の方針や命令
であるということを確認させる出題のように思いました。
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